かたすみで。

発達障害や統合失調感情障害などの徒然ブログ

失敬。


前回の記事で失敬な事を書いてしまった。

今日は受診日で、診察室に入って先生と顔を合わせるやいなや開口一番、
「今日は不機嫌です」と言った。
昨日の記事の内容を引きずってしまっていたようだ。

そして今日の午後、診察日なので休むはずだったのだけれど、
午後の勤務時間に間に合いそうだったので出勤することに。

職場に着いて隣に座っている例の女性と顔を合わせると、
「昨日、私が何か言っちゃったのかと思った。」と言ったので、
私は驚いて「そういうんじゃないんです。診察だったから遅れて・・・。」と焦る。

それで、彼女も気にしていたのか、私の様子の変化に気付いたのか、
心配させてしまった事に対して申し訳がなくなった。

お互い、精神的な障害を持っているのだ。
精神的な問題に関しては、気持ちに余裕がないとこの職場では働けないよね・・・。
この職場では、相手に寛容でなければならない事を自分に言い聞かせた。
まだまだ、対応として未熟な部分があるけれど、ここで訓練していかねば。
彼女もまたデリケートな部分を持っているのだから。

決して、敬意を失ってはならない。
気を付けよう。

前回の記事を読み返してある程度頭と心の整理が出来たら、前回の記事を削除しないと。

「変わっている」とは言わせない。


今日、職場で発達障害(ADHD)の方と話をした。
彼女は自分が他の人より変わっているということをまるで喜んでいるように感じて、
私が反抗しているだけなのか、益々自分が人と変わっていることを認めたくなくなってきた。

「私は他の人とは違わない」
「私は他の人と同じ」
「私は普通なのだ」

と今まで自分に言い聞かせてきた事が、また仕事中に何度も何度も私の頭を巡ってしまった。
そして、セカンド・オピニオンをまたするしかない、と思った私は今さっきクリニックの予約を取った。

これがいつまで続くだろう。
もしかしたら、「普通です」と言われるまで永遠と続くかもしれない。
今まで「変わっている」と言われてきたことが、コンプレックスだった。
今まで普通を装うことがどれだけ大変だったか。
「変わっている」と言われるのを喜ぶ人の気が知れない。
私は普通なはずだ!

(今日、職場でなぜか頭にきた事でした。)


これを書いた15分後くらい、イライラし過ぎた後に泣いた。
呆れるくらいに、馬鹿、極まりない。
異常とも言わせない。
どれだけ苦労したか。
この苦労がどれだけ辛いのか。
子どものために、家族のために、
後指を差されないように毎日を過ごすことがどんなにきついか。
今でも、俗に言うハブられる事がどれだけ怖いか。
これを分かってくれる人はいるのだろうか。

仕事の責務を果たせず...。

最近、仕事に対して気が緩んでいる。
ただただ趣味のように絵を描くようになってきた気がしてならない。

普通、仕事に責任を感じていたら、
細かな部分にも気を抜かずに色を塗るはずなのに、
今日も油断をして絵から色がはみ出してしまった。

ひと筆でもはみ出すと、
折角細かに丁寧に描いた下絵も全てが台無しのような気がして、
全部紙を破って捨てたい気持ちになる。
それでも訓練だと思って根気強く最後まで描き通すけれど、
職場で訓練や練習をしていると思うと、給料泥棒のような気さえしてくる。

今日は仕事にならないかもしれない...と思った朝は、
作業所に電話をして「仕事になりそうにないので休みます」
と言って休んでいたけれど、
出勤日数が規定に届かないという通知を受けて、
どんなコンディションでも出るようになった。

これが気の緩みの元凶である気もしないでもない。
でも、どんなコンディションでも責務をこなすのが仕事だよね...
と思って頑張るしかないかな。

ちょっとした油断が目に見える絵の仕事は修行のよう。
あー。仕事で「修行」って言葉だったら許せるかもと今一瞬思った。

今日は土曜日ながら出勤日だった。
明日はゆっくり休んで、明後日の月曜日からまた気合いを入れ直そう。


そういえば家出を。


ストレスが溜まってなのか、アルコール依存症の母の暴言などに耐え切れず、
とうとう家出をした時が先月あった。

ホテルで3泊4日を過ごして帰った。
母は自分の暴言も覚えておらず、私がどうして家にいないのかも分かっていなかった。
私は私が家に帰ってもケロッとして「お帰りなさーい」と言った。

お酒を飲むとすぐに「家を出てって」と言うのは私が中学生の時からだ。
最近のアルコール摂取量は尋常ではなく、父や姉も交えて母を入院させようという話になっている。
しかし、主治医に聞けば、本人に辞める気がないと入院しても同じことだと言われた。

私は年に数回しかお酒を飲まない。
たまに一人で飲みたいと思うこともあるが、母のようになりそうなのが怖く、
決して一人では飲まないようにしている。
離婚した父もお酒を毎日飲んでいたが依存とまではいかないかもしれない。
しかし、完全に機能不全家庭であった。
アダルトチャイルドでもある私にはうんざりだ。


※【アダルトチルドレン(Adult Children)とは、
「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなお内心的なトラウマを持つ」
という考え方、現象、または人のことを指す。頭文字を取り、単にACともいう[1][2]。
英語圏ではAdult Children of Alcoholics(アルコール常用者の家庭で育った成人した子供)、ACOA、ACAと呼ばれる。
単に「アダルトチルドレン」とすると英語圏では成人した子供をいうので注意が必要。】
wikipedia

忙しい・・・。

仕事の出勤日数が増えたのと、
娘の受験もあって毎日慌ただしい。

なかなか更新が出来なくてとりあえず投稿しておきます。

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だらだら日記。

短い間にだーっと記事を書いた。
書き始めると止まらなくなる。
だーっと書いて休憩に入る。
いつもそんな感じだ。
吐き出しては安心する。

今日は診察に行ってきた。
もう会えないかもしれないと思っていた
病棟の男友達Tとも会った。
まさかの再会。
嬉しかった。

夜、病棟に電話してプライマリ看護師さんと話した。
「声が聞きたかったのー」なんて言って。
色々と報告した。
安心した。

でも色々まだ書きたい。
最近ちゃんと早い時間に就薬を飲むようになって、
夜中に書きたくなってキーボードを打ちながら
眠気がやってきて力を失くして途中で止めて寝に入る。
そして翌日には書きたかった事を忘れてしまっている。

書きたいときにだーっと書く方が私にとってはいいのかな。
吐き出したい事がまだまだ多すぎて、
こうやってだらだら書きながらまた寝に入りそうだ。
明日は仕事が休みだから深夜まで書きたかったなぁ。

拍手を下さる方々、ありがとうございます。
どなたなのかは分からないけれど、
まるで理解者のように感じて嬉しいです。

また書きます。
皆様にとって良い秋となりますように。

死にたい気持ちが分からない子も。

ハートネットTVの『#8月31日の夜に』を観ていてふと思った。
娘って死にたい子の気持ちが分からないんだなって。
それを悲しむのもおかしいとは思う。
今まで『死にたい』と思わないでいてくれたという事だから。

娘と先日喧嘩して取っ組み合いになり、腕に大きなあざができた。
そしてその後にLINEが来た。
「死ぬ」って。
家を見に行ったら娘がベランダをうろうろしていた。
それで私は死ぬ訳がないと静観して話をすると、
「ママの真似をしただけ!死ぬ訳ないでしょ。馬鹿じゃないの。」
と娘が言った。

そう、以前に娘が言ってたな・・・。
「Mは学校にも来てないし、リスカとかしてるし。
ただかまって欲しいだけ。
死ぬふりして気を引いてるだけでしょ。」
って。

自分がそう思った事がないと分からないものかな。
娘は強がって自分の弱い部分を補っているのだろうか。
私には彼女の気持ちが分からないのだから、
彼女も私の気持ちは分かり辛いだろうな。

Mちゃんの気持ちを代弁したくなるし、
「Mちゃんに歩み寄ってあげて」
って伝えたいけれど伝え方が分からない。

この喧嘩も、娘が「ごめんなさい」と言って私が泣き、
数時間後には私達二人はケロッとなって、
一緒に美味しい物を食べるパターンで終わった。

どうしたら『両方の気持ち』って分かるんだろう。

人の悪口を言わない約束。

私は学生の頃から友達に「Sumi絶対ひとの悪口言わないよね。」と言われていた。
人の悪口を言わなくなった理由が私の中でそれなりにあったのだけど、
今は理由を忘れてマイルールとして定着してしまっている。
私が尊敬する人達もそうしている方が多いように思うから、
ルール違反はやめようと思ったりもする。

でもある日疑った。
人の悪口を言わないからストレスが溜まるのでは?と。

なんだろう。
昔の私に聞きたい。
なぜそうするようになったのか。

自分が悪口を言われたくないからだろうか。
人を傷つけたくないからだろうか。

これを打ちながらだんだん浮かんできたような、浮かんでこないような・・・。
私が悪口を言われて傷つくって事は、人も同じ様に傷つくんじゃないか。
そういう事だろうか。

それから、人の悪口を鵜呑みにしないというのも昔からのマイルール。
その人がどんなにケチョンケチョンに言われていても、
本当に実際に接してみないと分からない。
噂なんてどこ吹く風。
嫌われている、いじめられている、そんな子達とも昔は接していた。
噂だけで人を決めつけちゃいけない。
そんな考えだった。

今、社会に出てみてどうだろう。
私の方が嫌われる側、いじめられる側になっているとも考えられるかな。
歩み寄る方から、歩み寄られる側になっている。

なぜこんな事をいきなり・・・というのはつい悪口を言いたくなったからだと思います。
作業所の利用者さんには我慢が利くのに、スタッフさんには何故か・・・。
甘えかな。
福祉に携わる人達は人道的っていうのはただ私が求めているだけだ。

で、ここで悪口を書くか悩んだけれど、
誰にでも彼にでも悪口って言っちゃいけないな・・・と今思いました。
悪口を言うためのルールが欲しい。

でもやっぱり書いちゃえ。
スタッフさんと利用者さんとの会話で、
「イギリスって食べ物おいしくないよねー。」
「行きたくないねー。」
って事をスタッフさんが言うんです。

『あ、こういうのが部落差別とかになるんだろうか。』
とふと思いました。
イギリスって私の心の第二故郷みたいなもので、
私は黙ってその目の前の会話を聞いていましたが、
スタッフさんは履歴書で私がイギリスに留学していたのを知っていた筈。
そんな事を言われるイギリス人の気持ちになれました。
以前は私もネタにしてしまってたけど、反省。

反省してもらえるような悪口だったらいいよね・・・。
なんて事を思ってみましたが、
『悪口を言うためのルール』がやっぱり要るな。

別れてからが大切。

今日は作業所で1名のスタッフと1名の利用者さんが職場を離れた。
とても感受性が豊かで優しいOちゃんはひとり号泣。
職場を離れたS君とは病院が一緒なので、
帰り際に「外来でね!」と言ってハイタッチをした。

心理士Nさんとの別れで感じたのは、
『大切なのは別れてからだ』という事。
別れは勿論痛く辛い。
でも、そこには得るものが沢山ある。

勿論、後悔もある。
『あの時にこう伝えていれば良かった』
というのが私の場合は多い。

でも、
『こう教えてくれたから、これをやってみよう』
『あの時にこう言われたから、今度は気を付けてみよう』と、
別れた人から学んだ事を思い出して姿勢を正してみる。

別れを振り返るのはつらい事だけど、
振り返る事で伝えてくれた事の大切さを感じることが出来る。

別れてからしか分からない事だってあった。
『あの人が私にとってどんなに大切な存在だったのか』
『あの人の事をどんなに私は好きだったのか』
そして『どれだけ愛されていたのか』。

『別れは辛い事ばかりじゃない』
そう学んでからは、結構別れに強くなれた。

私から別れを告げる時だっていつか来るんだ。


かさぶたを剥がしかけた。

ブログ村の「PTSD・トラウマ 」カテゴリーに参加してみた。
自分のブログにも「PTSD・トラウマ 」のカテゴリも作った。

たったこれだけで、具合が悪くなるとは思ってもみなかった。
頓服に頼ろうと思ったけれど、どうにか思考を転換する事で乗り越えた。
やはりあまり思い出さない方良いのだろうか。

小学1年生の時に真っ暗な倉庫の中で何かをされている時、私は殺されていると思っていた。
「殺す」と言われて連れて行かれたからだろう。
これを書きながらまた具合が悪くなってきたけれど、ある程度までは書こう。

それが終わった後、私は自分が生きているのか死んでいるのかよく分からなくなった。
そんな学童期だった。

高校時代、大学時代、男性から部屋に閉じ込められたり、他にもあった。
要求に答えなければ、殺されると思い込んでいた。
誰にも心を開く事の出来ない鬱屈した思春期と青年期。
マンションの自宅から飛び降りようと窓から下を眺める。
でも飛び降りる勇気がなかった。

このトラウマを初めて人に打ち明けた後から症状が悪化したように思う。
また殺されるのではないかと、ベッドの下に包丁を隠して寝るようになった。
逆に殺して欲しいと思うことも何度もあった。
入院したら入院したで、病棟でも怯えていた。

この出来事を思い出す度に死にたいと思う。
心の中で、死ねば思い出して苦しまなくても済むとでも思っているのだろうか。

ダムへ行って飛び降りようと思った事も何度もあった。
自殺企図で警察に止められた事が2度程あった。
死ぬ勇気がない自分を嫌悪して、更に更におかしくなっていった。
妄想も酷く出るようになって、自分でも何が何だか分からない。

病院でも首吊りをしようとした。
樹の枝にタオルを巻いて首を掛けた。
足もとの丸太が揺れて失敗し、首元に赤い跡だけが残りハイネックで隠した。
死ぬことしか考えられない時期だった。

何の役にも立たない世間の足かせでしかない自分が生きている事が、家族にも世間にも申し訳なかった。

こんな私を救ってくれたのは、心理士Nさんや病棟の看護師さん達。
時期も内容も混同してしまっているけれど、とりあえず吐き出しました。

いつか幸せだと思える日が来るはず。
死にたいと思っている人達には、絶対に自殺などせずに生きて欲しいと心から願っています。

性被害を初めて打ち明けた人。

「性被害について。」の記事を書いた後、私はまずこれを書き足す事にした。
悲しい、苦しいを少し通り越した。

この出来事を初めて他人に告白したのは3年前の事。
病院の臨床心理士さんにだった。

彼女は言ってくれた。
「私の妹だったらぼっこぼこにしていたわ!」って。
彼女は心理士らしからぬ程に感情を込めてくれる人だった。

彼女は私の秘密を知っているたった一人の人間で、
私は彼女以外にこの事を話すつもりはなかった。

1年後、彼女は病院を去った。
病院を去ることを彼女の口から聞いて、頭の中が真っ白になった。
彼女の手を握って「行かないで。」と言った後、病室で号泣した。
ナースコールを枕元に付けられる程に。
そして決めたのだ。
もう二度と彼女には会わないと。
心理面談の前に退院するという事も。

私が荷物をまとめて病室を出た時、彼女がこちらへ険しい顔をしてやって来た。
「少し話出来ない?」と眉を寄せて彼女は言った。
私はどうでも良いのか何なのか分からないけれど、ただ頷いて面談室へ行った。

面談室で私は彼女に感情を爆発させた。
「Nさんの嘘つき!」
「Nさん以外には誰にも話さないって言ったでしょ!」
「嫌だ嫌だ!もうNさんは居なくなるのに何を話すっていうの!嫌だ!!」
そして手元にあった映画のパンフレットを彼女に向って投げつけた。

心理師のNさんは言った。
「その『嫌だ嫌だ!』を他の人に言えないでしょ!その『嫌だ嫌だ!』を話すの!」
「私は真剣よ!」って。
「私も真剣!私、もう行かないから、Nさん一人で遊んどいて。」と私が言うと、
「何をして遊ぶって言うの。ちゃんと来て。」と険しい顔で言った。

このエピソードは今でも鮮明に蘇る。
私はこの光景を何度も頭の中で反芻してきた。
彼女と取り交わしたノートは今でも手元に残っている。

彼女が去った後、私はまた何か違う方向に変わっていった。
たった一人、彼女一人にしか話さないと決めていたこの事を自分の内だけに留めているのが苦しくなって、
とうとう、とある男性看護師さんに出来事を綴ったノートを見せた。
彼は寛容にそれを受け止めてくれた。
それが病棟の「パパ」だ。

「パパ」「お姉ちゃん」「お兄さん」。
私は心理士の彼女に対してだけ退行していたのに、
溢れ出す様に他の看護師さんに対しても退行していった。

退院前。

「だって、心配だろっ。」
笑ってプライマリ看護師さんは最後に言った。

彼が去って行こうとすると私は、
「行かないでー!」
と大きな声で言った。

退院間近、私は彼に
「さみしい。」
とべそをかきそうなくらいに伝えた。

彼が最後に去って行った時には後ろから
「ありがとうございましたーっ!」
と叫んだ。

今回も良い入院だったんだ。

性被害について。


人に知られたくない事がある。
誰にも言えない事がある。
だから匿名で記事を書こう。
これを打ちながら動機がしてくる。
一言だけ書こうか。

私が小学1年生の時に見知らぬ男性から倉庫に連れて行かれた事を。

これについて精神療法を受けた事についてはまた書けるだろうか。
退行する事についてもいつか書けるだろうか。





「自分の世話は自分でする」のと「自分で自分をよしよしする」


最近、ネガティブになることが少なくて、こちらに書くことがあまりなくなってしまった。
落ち込んでも、まあそれでも、2日くらい寝込んでしまうけれど、
持ち直すのが以前よりぐんと早くなった。

入院中に病棟主治医からこんな事を言われた。
「ひとのお世話はよく出来るのに、自分の世話ができませんね。」
って。

それ以来、どうやったら出来るのだろうかと考えあぐねていたけれど、解答は出ない。
ただ、ネガティブになった時に、「自分の世話は自分で!」と活を自分で自分に入れる。
そんなふうにしていると、「自分で自分をよしよし」することが出来るようになった気がするのだ。

「自分で自分をよしよし」するというのは、
以前、私の担当だった臨床心理士さんが言っていた言葉だ。
愛着障害の私に教えてくれた言葉だった。
この言葉の解答も得られてはいないけれど、
「自分の世話は自分でする」のと「自分で自分をよしよしする」
といのは似ているのではないかと思う。

これはもう一人の心理士さんが言っていたこと。
子どもが怪我をした時に、「いたいよ、いたいよ。」
と言ってお母さんの所にすぐに泣きつきにいくという話。
これはつまり、「自分の世話は自分でする」のと「自分で自分をよしよしする」
というのが出来ていない事ではないだろうか。

何故だろう、今まで「誰かに励ましてもらいたい」「誰かに心の手当てをして貰いたい」
などと私は思っていたのだろうか。そう考えると、そうかもしれない。
最近はだんだん自分で起き上がれるようになってきているように思う。


追伸:
記事は書いていませんが、お仕事は今のところ順調です。
また退院後の作業所の手続き等は後ほど書けたらと思います。


退院してきました。今回学んだ事など。

入院で度々一緒になる友達がいます。
病棟で話すだけで、退院したら外では会うことはない友達。
病棟でそういう友達と共に生活する濃密な時間は、何事にも代え難いもの。
精神科で出逢って、一緒に過ごす間に心の動きをお互い一緒に観察するのです。

苛々する感情、死にたくなる感情、嫉妬する感情・・・・・。

お互いにどうそのネガティブな感情を攻略するか。
対戦ゲームのようにお互いに問答し合います。
もちろん対戦ゲームなので、自分で攻略法を練らなければなりません。
そして、RPG(ロールプレイングゲーム)のように、
相手のレベルが上がっていくのを見て、
相手が自分自身をコントロールする事が上手くなるのを見て、
自分が持っていない武器や装備、戦法を見て、
段々と嫉妬してゲームを止めるか、
それとも、競い合って自分のレベルを上げていくか。
ここでゲームを放り投げてしまったら、
障害のリハビリを投げ捨ててしまうのと一緒だと考えました。

今回私が退院ぎりぎりになって出した戦法は「待て」。
私の障害は「待て」が苦手。

その時に「待て」を自分に覚えさせ、
コントロールする知恵のキーワードになったのは、
「考えを熟成させる。」
「損得勘定」
「後先をじっくりと考えて行動に移す。」
というもの。

「待て」と言われて待ってくれるのはパブロフくらいかな、犬くらいかな。
私は人間なので、合図ではなく考える事で動くのではないかと考えたのです。
その考えを自分の合図にしてみる。
行動の前に自分なりの考えの合言葉を連呼する。

例えば昨夜、今日が退院日だったのに、どうしても昨日いきなり退院したくなって、
「今から退院します!」とごねました。
その焦燥感があまりにも酷すぎて、そこで先生から言われた言葉は、
「それは社会人としてどうでしょう。」
「抑えるのも課題ですから。」というような事でした。

それでも止まらない「今すぐしたい」病。
閉鎖病棟の中で考えながら、じっと抑えます。
「社会人として?この人手の少ない忙しい時間帯に、迷惑を掛けていいの?」
「抑えるのが課題?課題をどうこなせばいいの?」
「もしここで退院するとごねて譲らなかったら、医療保護に切り替わるかもしれない。
今回はそうならなくても、次回からの入院は医療保護になってしまうかもしれない。
それでもいいの?」
「今から退院したら、現金で一括払いになるのよ。
それに夜間は公共交通機関もまずないから、高くつくのよ。
このお金がない時に、そんな事してもいいの?」

こうやって色々と自分に言い聞かせたのです。
その中で一番効いたのが損得勘定。

私の中では、損得勘定とは悪いイメージしかなかありませんでした。
最も私がイメージし易いのは、人間関係。
人と損得勘定で付き合うのも嫌、そういう人も嫌い。
でも、自分にしか影響がない損得勘定だとどうでしょう。

!!!使える!!!

と何となく感じた昨日から今日。
まとまりがないかもしれないけれど、ここに記しておきます。

入院生活。

4月中旬から体調を壊して、只今、入院中です。
毎年のように同じ時期に入院する友人に、
歌詞を耳コピしては、手紙として渡しています。
その中でも、この曲は閉鎖病棟でiPodを着けた私の耳に特別響く歌。
時々、患者さんが理不尽に扱われているような出来事を見る度に、
この歌の歌詞は、私の心に更に強く響き渡ります。
「××××扱いされた日々」。
はっきりとは聞こえませんが、私の憶測として、耳に止まるフレーズ。
そう、××××扱いされる日々から私はいつ解放されるのだろうかと、
この終わらない歌を聴きながら思うのです。
私もこんな風に歌おう。
「終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように」


『終わらない歌』
THE BLUE HEARTS

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

世の中に冷たくされて 一人ボッチで泣いた夜
もうだめだと思うことは 今まで何度でもあった
真実の瞬間はいつも 死ぬ程こわいものだから
逃げだしたくなったことは 今まで何度もあった

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

なれあいは好きじゃないから 誤解されてもしょうがない
それでも僕は君のことを いつだって思い出すだろう

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 一人ボッチで泣いた夜
終わらない歌を歌おう××××あつかいされた日々

終わらない歌を歌おう クソッタレの世界のため
終わらない歌を歌おう 全てのクズ共のために
終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため
終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように




【ブルーハーツはいまも目の前。あきらめるなんて死ぬまでないから/田中 泰延】
ここには、××××の台詞のヒントがあるかもしれません。



何も書けない状態に。


ここの所、体も頭もパンパンになってブログを書けなかった。

何かがあると、一点にしか集中出来ない。
複数の事を同時に進める事が出来ない。

就業が決まったと同時に、もう仕事の事で頭がいっぱいになっているし、
別件で体力も頭も使わなければならない事があって、
もう、ギブアップしそうになってしまう。

ただ、責任というものがあるからどうにかこなしている状態だ。
こうやって久しぶりにブログを書くのも、少しだけ余裕が出来たからかな。
でもまだ、続けて毎日更新できる状況ではないけれど。
複数の事を同時に進める事が出来るようになる事が今の目標。

自分に余裕を持つって大事な事だな、と思う今日この頃です。